小さな会社の労務講座(採用から退職まで・実務寄り)

区分6 退職とトラブル★★

No.15 労基署の調査とトラブル対応・社労士の使い方

労働基準監督署(労基署)の調査が来た時と、労働者とのトラブルが起きた時に、会社が何をするかの単元です。最後に、社労士・弁護士に何を頼み、何を自分でやるかの線を引きます。この講座のゴールである「社労士に何を頼むか言える」に、いちばん直結する回です。調査もトラブルも数は多くありませんが、起きた時の備えの差が結果を分けます。
目次
  1. 第0章 前提知識
  2. 第1章 労基署の調査
  3. 第2章 調査が来た時の動き方
  4. 第3章 労働者とのトラブル
  5. 第4章 社労士・弁護士の使い方
  6. 確認問題

第0章 前提知識

① 言葉の整理 :調査・是正勧告・申告・あっせん

言葉 意味
臨検(監督) 労働基準監督官が、事業場に立ち入って、帳簿や書類を調べること
是正勧告 法律違反が見つかった時に、監督官が文書で「直してください」と求めること
申告 労働者が、法律違反の事実を、労基署などに伝えること
あっせん 労働局が間に入って、会社と労働者の話し合いを仲立ちする手続き

労働基準監督官は、労基署にいる国家公務員で、労基法の違反を調べる専門職です。

② 労基署は「敵」ではない さらっと

厚生労働省のQ&Aは、調査の基本の目的を、「法違反の責任を追及すること」ではなく、「是正を通じて適正な労働環境をつくること」と説明しています。 むやみに警戒しなくてよい、という書き方です。

ただし、後で出てくるとおり、拒んだり、嘘の書類を出したりすると罰則があります。 協力する姿勢で、事実のとおりに対応するのが基本です。

第1章 労基署の調査

① 監督官の権限 さらっと

労基法が、監督官に認めている権限は、次の4つです。

権限 内容 条文
臨検 事業場に立ち入り、帳簿・書類の提出を求め、会社や労働者に尋問する 101条
報告・出頭を命じる 必要な事項を報告させ、出頭を命じる 104条の2
司法警察官の職務 労基法違反の罪について、刑事訴訟法上の司法警察官として動く 102条
申告の受理 労働者からの違反の申告を受ける 104条

条文の欄は、労基法の条番号です(法律を番号で分けた1つ1つの決まりを、条文と言います)。

臨検を拒む・妨げる、帳簿書類を出さない、虚偽の陳述をする、虚偽の記載をした書類を出す、という行為は、30万円以下の罰金です(労基法120条4号)。条文では、最後の行為を虚偽の記載をした帳簿書類の提出をした者と書いています。 報告や出頭を拒んだ場合も、同じ罰則です(同条5号)。

② 調査のきっかけ さらっと

調査が来るきっかけは、大きく2つです。

労働者は、法律違反の事実を、労基署に申告できます。会社は、申告したことを理由に、解雇その他の不利益な扱いをしてはいけません(労基法104条2項)。 会社の中で「誰が通報したのか」を探して、その人を不利に扱うことは、禁止されています。

③ 予告なしで来る さらっと

厚生労働省のQ&Aによると、立入調査は、原則として予告がありません。 事業場の現状を、的確に把握するためです。

例外として、継続的に監督していて実情を把握している場合などに、担当者の立会いが要るとして予告されることもあるそうです。 ですから「連絡が来てから準備する」ではなく、日ごろから箱(No.13)を作っておくことが、備えの基本になります。

④ 正当な理由なく、断ってはいけない さらっと

調査は法律上の権限に基づくので、正当な理由なく拒否できません。 ただし、担当者が通常業務の最中で、時間が取れない場合は、事情を説明して、時間を短くしたり、日程を延ばしたりするよう、お願いしてよいとされています。

訪問介護の事務所では、訪問の調整で電話が鳴り続けている時間帯もあるはずです。 そのような時は、「いま利用者の対応が重なっている。この時間なら対応できる」と伝えて構いません。

⑤ 是正勧告のあと さらっと

法律違反が見つかると、監督官は、文書で是正を求めます。 重大または悪質な違反には、司法警察員として、刑事事件の捜査を行うことがあります。

是正の期限と、報告の方法は、受け取った文書に書かれています。 分かるまでの安全な扱いは、勧告書に書かれた期限と報告方法に、そのまま従うことです。書かれていない点は、受け取った日のうちに、労基署に電話で確かめます。勧告書を受け取ったら、そのコピーを持って、すぐ社労士にも相談してください。

第2章 調査が来た時の動き方

① 当日の手順 さらっと

① 身分証を確かめる  監督官は身分を証明する証票を携帯している(労基法101条2項)
② 責任者に連絡    代表(あなた)に、すぐ連絡が入る体制にしておく
③ 立会い       代表か、労務を分かっている人が1人付く
④ 求められた書類を出す 箱から出す。原本は渡さず、コピーを渡してもよいか聞く
⑤ 聞かれたことに答える 事実のとおり、分からない所は「確認します」と言う
⑥ 控えを取る     何を出し、何を聞かれ、何を言われたかをメモする
⑦ 終わったら     指摘があれば、書面の有無・期限を確認する

ここからは法律の決まりではなく、実務のすすめです。④の「原本は渡さず」は、大事な書類を持っていかれて、日常業務が回らなくなるのを避けるための工夫です。ただし、コピーで足りるかどうかは、監督官が決めることなので、断らずに「コピーでもよいか」と聞いてください。

② 書類は、事実のとおりに出す 必ず覚える

後から都合のいいように書き直した書類を出すと、虚偽の記載の書類を出したことになります(上の120条4号)。 足りない所は、「ここは書いていませんでした」と認めて、勧告に従って直す方が、結果として軽く済みます。

③ 出す物の箱 さらっと

出す書類は調査ごとに違うため、No.13の「調査の箱」の8点を、日ごろから揃えておくのが、備えの形です。

さらに、未払いの賃金は、3年さかのぼって請求される可能性があります。賃金の時効は、本則(法律の本来の決まり)では5年ですが、附則(法律の末尾に付く補足の決まり)143条で、当分の間は3年とされています(労基法115条)。 毎月の賃金台帳・出勤簿が、その時の証拠になります。

第3章 労働者とのトラブル

① 起きがちな場面

訪問介護で起きやすいトラブルは、次のとおりです。

どれも、これまでの単元で扱った内容に、帰ってきます。 日ごろの帳簿と手順が、そのままトラブルの備えです。

② 労働局のしくみ さらっと

個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律は、会社と労働者の個別のトラブルを、裁判に行く前に解決する仕組みを定めています。

仕組み 内容 条文
情報提供・相談 都道府県労働局長が、労働者・事業主に、相談や情報提供をする 3条
助言・指導 当事者の一方または双方から求められた時に、労働局長が必要な助言や指導をする 4条
あっせん 紛争調整委員会が、話し合いを仲立ちする 5条

会社に労働局から連絡が来るのは、労働者が助言・指導やあっせんを申し出た時です。 労働者が助言・指導を求めたことを理由に、不利益な扱いをしてはいけません(同法4条3項)。

③ 最初の一手 さらっと

トラブルが起きた時の、会社の最初の一手は、次のとおりです。

第4章 社労士・弁護士の使い方

① 社労士が引き受ける仕事 さらっと

社会保険労務士法2条は、社労士の仕事を、次のように定めています。

仕事 例
申請書等の作成(1号) 社会保険・雇用保険・労基署への届出書類の作成
提出手続きの代行(1号の2) 上の書類を会社に代わって出す
事務代理(1号の3) 行政の調査などで、会社に代わって主張・陳述をする(厚生労働省令で定める範囲)
あっせん・調停の代理(1号の4など) 労働局のあっせんなどで、会社を代理する(特定の試験に合格した「特定社労士」だけ)
帳簿書類の作成(2号) 賃金台帳・名簿などの作成
相談・指導(3号) 労務管理の相談、就業規則の運用の監査

そして同法27条は、社労士でない人が、他人の求めに応じて報酬を得て、1号から2号までの仕事を業として行うことを、禁止しています。 つまり、書類作成や手続きの代行を、無資格の人に有料で頼むと、法律に反する取引になり得ます。頼む相手が社労士かどうかを、最初に確かめてください。

② 弁護士に頼む線 さらっと

社労士法2条の列挙には、訴訟や労働審判の代理は入っていません。 裁判所に行く段階になったら、弁護士に頼みます。

また、特定社労士が代理できる民間の紛争解決手続は、紛争の目的の価額が120万円を超える場合は、弁護士が同じ依頼者から受任している場合に限られます(社労士法2条1項1号の6)。 金額の大きい争いは、最初から弁護士に相談する方が確実です。

③ 何を頼むか、線引きの表 必ず覚える

場面 自分でやる 社労士に頼む 弁護士に頼む
毎月の帳簿の記入 ○ 給与計算・帳簿作成を頼むこともできる
入社・退職の保険の手続き ○(代行を依頼)
就業規則の作成・変更 厚労省のモデルを読む ○(作成と届出)
36協定・変形労働時間制の協定 内容を決める ○(作成と届出)
カスハラ・ハラスメントの方針と窓口 方針を決める 文面と規程の整備を相談 重大な事案の対応
労基署の調査・是正勧告 当日の立会い ○(対応の相談・事務代理) 刑事事件になりそうな場合
解雇の相談 事実の整理 ○(手順の確認) 争いになった場合
労働局のあっせん ○(特定社労士) 金額が大きい場合
裁判・労働審判 ○

④ 頼み方の型 必ず覚える

社労士に頼む時の言い方を、定型にしておくと、話が早く進みます。 次の4つを、メモにして伝えてください。

  1. 何が起きたか(事実を、日付つきで3行)
  2. 何が分からないか(「この解雇は有効か」「この書類で足りるか」など、1つの問い)
  3. いつまでに必要か(勧告の期限・退職日・調査の日)
  4. 手元にある書類(通知書・就業規則・帳簿・やり取りの記録)

たとえば、「10月15日に、登録ヘルパーのCさんから、移動時間が賃金に入っていないという申し出があった。過去に遡って払う範囲と、今後の払い方の整理を頼みたい。11月末までに答えが欲しい。通知書と賃金台帳と訪問記録を持っている」と伝えます。

⑤ 社労士の選び方 さらっと

選ぶ時に確かめる所を、いくつか挙げます。ここからは法律の決まりではなく、実務のすすめです。

費用は事務所ごとに違うので、複数の事務所に見積もりを頼んで、比べてください。

○ よくある勘違い 「調査が来たら、帳簿を直してから出す」→ 書き直した書類を出すと、虚偽の記載の書類になり得ます。事実のとおりに出して、直すのは勧告のあとです
○ よくある勘違い 「社労士は、裁判もやってくれる」→ 訴訟や労働審判の代理は社労士の仕事に入っていません。弁護士に頼みます
○ よくある勘違い 「誰が申告したのかを調べて、注意する」→ 申告を理由にした不利益な扱いは禁止です(労基法104条2項)

調査は予告なしで来る。拒めないが、時間は相談できる。書類は事実のとおりに出す。トラブルは労働局の助言・あっせんもあり、社労士には4つ(何が起きたか・何が分からないか・期限・書類)を伝えて頼む。裁判は弁護士。

点検表に書くこと
5行のどれにも当たらない回です。「社労士に聞くことメモ」の欄に、次を書きます。
・相談する社労士の名前と連絡先(あっせんの代理が要りそうなら、特定社労士か)
・頼み方の4つ(何が起きたか・何が分からないか・期限・手元の書類)に当てはめた、今いちばん聞きたいこと1件

確認問題

問1 労基署の監督官が、予告なしに事務所へ来ました。ちょうど電話対応で手が離せません。会社の対応として正しいのは?

問2 登録ヘルパーが、労基署に「会社が移動時間の賃金を払っていない」と申告したことが分かりました。会社がしてはいけないことは?

問3 解雇した元社員が、会社を相手に裁判を起こしました。この段階で頼む相手として、正しいのは?

出典:e-Gov(国が法令の原文を公開しているサイト) 労基法101・102・104・104条の2・115・120条、附則143条(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049)/個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律3〜5条(https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000112)/社会保険労務士法2・26・27条(https://laws.e-gov.go.jp/law/343AC1000000089)/厚生労働省「スタートアップ労働条件」臨検監督Q&A(https://www.startup-roudou.mhlw.go.jp/qa/zigyonushi/zenpan/q2.html)。確認日 2026-11-04。