労務とは、会社が人を雇って、働いてもらって、辞めるまでの間に出てくる決まりごと全体のことです。 給料や労働時間、休み、社会保険の手続き、ルールの作り方、辞める時の手順などが入ります。
労務の決まりは、1つの法律にまとまっているわけではありません。 労働基準法(労基法)を中心に、いくつもの法律と、会社が自分で決めるルールが重なっています。 そのため最初に必要なのは、細かい中身より「どの決まりが、どの決まりより強いか」という順番です。
混ざりやすい6つの言葉を、先に分けておきます。
| 言葉 | 何のことか | 誰が決めるか |
|---|---|---|
| 法律 | 労基法・労働契約法(労契法)など。国が決めた決まり | 国会 |
| 省令 | 法律の細かい部分を決める決まり。労働基準法施行規則(労基則)など | 厚生労働省 |
| 通達 | 「法律はこう読む」と国が役所に出す指示。法律そのものではない | 厚生労働省 |
| 労働協約 | 労働組合と会社が結ぶ約束。労働組合がない会社では出てきません | 労働組合と会社 |
| 就業規則 | 会社が決める職場のルール | 会社 |
| 労働契約 | 会社と労働者1人ずつの約束 | 会社と本人 |
条文とは、法律の1つ1つの条のことです。「労基法13条」と言う時の「13条」が、1つの条文です。
通達は、法律そのものではありません。 ただ、法律を守らせる役所(労基署)がどう読むかを示す物なので、実務では無視できません。訪問介護の移動時間の扱いも、通達で示されています(No.06で扱います)。
労働協約は、この講座では深く扱いません。 労働組合のない小さな会社では、登場しないことが多いからです。
事業場は、労基法で「場所ごとの職場」を1つと数える単位です。本社と、別の場所にある営業所は、別々の事業場です。 事業所は、介護保険の指定を受けた単位です。
この講座では、労基法の話(労働時間・休日・帳簿など)は「事業場」、介護保険の指定や、保険の届出の窓口の話は「事業所」と書きます。
法律(労基法・労契法など) ← いちばん強い
↑ 就業規則は、法律に反してはならない(労基法92条1項)
労働協約(ある会社だけ)
↑
就業規則(会社のルール)
↑ 就業規則を下回る契約は、その部分が無効(労契法12条)
労働契約(労働者1人ずつの約束)
上にあるほど強く、下の物は、上の物を下回れません。 たとえば会社の就業規則に法律より低い基準を書いても、その部分は通用しません。労基法92条1項は、就業規則は法令(や労働協約)に反してはならない、と定めています。
覚え方は、「国の決まり→会社のルール→1人ずつの約束」と、広い範囲から狭い範囲へ下りていく順です。
労基法1条2項は、この法律の基準は「最低」のものだと書いています。 そして、基準を理由に労働条件を下げてはいけないし、向上を図るように努めなさい、とも書いています。
もう1つ、同じ趣旨の条文があります。労基法13条です。 この法律の基準に達しない労働条件を決めた契約は、その部分は無効になります。無効になった部分は、法律の基準になります。
訪問介護の場面で考えてみます。 登録ヘルパーとの契約書に「年次有給休暇はありません」と書いて、本人も署名したとします。 本人が納得していても、有給休暇は労基法が定める基準のひとつです。法律の基準に達しない部分は無効になるので、書いたこと自体が通用しません(有給休暇の中身はNo.08で扱います)。
ここで大事なのは、本人の同意があっても、法律の最低ラインは下回れないことです。 「本人の同意があれば何でも決められる」わけではありません。 労基法2条1項は、労働条件は対等の立場で決めるものだと書いています。ただ、決められるのは、法律の最低ラインより上の範囲だけです。
就業規則と労働契約のあいだは、少し複雑です。次の2つだけ押さえれば十分です。
つまり就業規則は、「個別の約束がなければこの内容になる」基準であり、下限でもあります。 合理的な内容の就業規則を労働者に周知していれば、それが労働契約の内容になります(労契法7条)。就業規則の作り方・変え方は、No.10で扱います。
労務で触れる法律は多いので、先に一覧にしておきます。 今は覚えなくて構いません。「後でここが出てくる」と分かっていれば十分です。
| 法律 | 何を決めているか | この講座では |
|---|---|---|
| 労基法 | 労働時間・休日・賃金・解雇など、働く条件の最低基準 | No.03〜15の全体 |
| 労契法 | 労働契約の基本ルール、有期契約、解雇のルール | No.04・14など |
| 職業安定法 | 求人を出す時に明示する事項 | No.03 |
| 男女雇用機会均等法 | 募集・採用での性別による差別の禁止など | No.03・11 |
| 労働施策総合推進法 | パワハラ・カスハラ対策、募集・採用での年齢 | No.03・11 |
| 労働安全衛生法 | 健康診断・ストレスチェックなど | No.05・11 |
| 雇用保険法・労災保険法・健康保険法・厚生年金保険法 | 社会保険・労働保険の加入 | No.05 |
これらの法律が守られているかを見張るのが、労働基準監督署(労基署)です。 労基法97条は、労基署などに労働基準監督官を置くと定めています。監督官が会社に立ち入って調べること(臨検)があり、その時に帳簿書類の提出を拒むと罰金の対象になります(労基法120条4号)。労基署の調査はNo.15で扱います。
条文は、国の法令検索サイト「e-Gov法令検索」(https://laws.e-gov.go.jp/)で、無料で読めます。引き方は次のとおりです。
4番は、見落としやすい所です。 e-Govには、今の版のほかに、改正が決まっているがまだ施行されていない版も載っています。未施行の版を読んでしまうと、今の決まりと違う内容を読むことになります。
もう1つ、条文の中の「ただし」の後ろは、例外の話です。 原則と例外が分かれているので、「ただし」の前と後ろを別々に読むと迷いません。
実際に1本引いてみましょう。 労基法の法令IDは 322AC0000000049 で、https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049 から開けます。
第15条を開いて、第1項に何が書いてあるかを読んでみてください。「賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と書いてあります。この条文は、No.04で詳しく扱います。
条文だけでは、「訪問の移動時間は労働時間か」のような個別の場面は分かりません。 そういう時は、厚生労働省の通達やリーフレットを引きます。
たとえば訪問介護の働き方については、「訪問介護労働者の法定労働条件の確保について」(平成16年8月27日 基発第0827001号)という通達があります。 基発は、厚生労働省の労働基準局長が都道府県労働局長に出した通達につく番号です。
引く順番は、次のとおりにします。
解説サイトやAIの説明は、2や3に進む手がかりにしますが、判断の根拠にはしません。 根拠は、条文と厚生労働省の資料に置いてください。
○ よくある勘違い①:就業規則に書いてあれば、法律に反する内容でも会社のルールとして通用する → 就業規則は法令に反してはならない(労基法92条1項)
○ よくある勘違い②:本人が署名した契約書なら、法律の基準を下回ってもよい → 基準に達しない部分は無効になる(労基法13条)
○ よくある勘違い③:通達は法律と同じ強さである → 通達は法律の読み方を示す指示で、法律そのものではない
○ 関係する単元:No.02(労働者の範囲)/No.04(契約・通知書)/No.10(就業規則)
強さの順番は、法律→(労働協約)→就業規則→労働契約。法律の基準は最低ラインで、契約でも就業規則でも下回れない。迷ったら、条文を引いて、施行日を確かめる。
点検表に書くこと
○ 就業規則の行:就業規則があるか。法律の基準を下回る書き方(例:「有給はない」)がないか
○ 社労士に聞くことメモ:e-Govで条文を引いて、分からなかった所
問1 登録ヘルパーとの契約書に「年次有給休暇はありません」と書いて、本人も署名しました。この記載の扱いは?
問2 会社の就業規則に、法律に反する内容が書かれていました。どう扱われますか?
問3 e-Govで労基法を開いて条文を読む時、最初に確かめることとして適切なのは?
出典:労働基準法(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049)1条・2条・13条・92条・97条・120条/労働契約法(https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128)7条・12条/「訪問介護労働者の法定労働条件の確保について」平成16年8月27日基発第0827001号(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb5448&dataType=1&pageNo=1)/e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)。確認日 2026-11-04。労基法は2026年7月17日施行の版、労契法は2020年4月1日施行の版で確認。